2016年2月5日金曜日

IAリサーチ・ノート 2016/02/05

イスラム過激派とアポカリプティック思想
 
というテーマでの素人の リサーチ・ノートを公開する・・・というわけですが、なかなかねー更新してなかった。

でも何もしていなかったわけではなく、逆にあっちゃこっちゃ拡散気味で収拾がつかない(とまではいっていないが)ので止めておいたところでした。

日本語のものでは、
池内 恵 『イスラーム国の衝撃
中田 考 『イスラーム 生と死と聖戦
を読了した。

イスラーム過激派の動向については池内の本の方が詳しいが、まずは中田の本で押さえている「イスラームという宗教」の基本的ポイントのいくつかを以下に引用で紹介する。

(1)イスラーム聖職者
 彼らの多くはイスラーム法学者で、法解釈について権威ある見解を出すことはできますが、神の法を新たにもたらしたり、いまある法を変えることはできません。それができるのは預言者だけで、イスラームではムハンマドが最後の預言者であるとされていますから、基本的には法改正はありえません。(143-4)
(2)カリフ制再興と「終末」のシナリオ
ただ結局、私の考えというかイスラームの世界観でもあるのですが、最後の審判がくるまで世界は完全なイスラーム化はしません。だからカリフ制が復興された地域に住む人間もいれば、その外ではグローバル資本主義を進めようとする勢力もいて、最後まで残ると思います。
 その両者の対立をできるだけ物理的な戦争にしないようなかたちで共存させるのが、私の望む世界なのです。戦争をしてしまうと、どちらも当然滅びますから。(184)
(3)イスラームが唯一正義を実現する宗教
 私にとっては非常に単純な話なのですが、人間が人間を支配するのはいけない。国家も民族も、人間が人間を支配するという不正を隠蔽するヴェールにすぎない。それをはっきり言える一神教はイスラームしかない。イスラームしかないと言っているのが私しかいないのが困ったことなのですが、本来、イスラームの学者はみんなそう言うべきなのです。(196)
(4)カリフ制再興の目的
  国家権力と金の力、これが現代の偶像神であり、こうした偶像崇拝を打破して、本来のダール・アル=イスラームを回復する。そのためのカリフ制再興であり、それはひいては国家と企業の連合体が推進するグローバル化に対抗する、もうひとつのグローバルな連帯の形成にも役立つ、というのが私の主張です。(202-3)

とまあ、先ずはこんなところでしょうか。